紙の砦の京子は実在の人?モデルは?その後どうなった?手塚治虫の戦争、NHKドラマ

「紙の砦」のヒロイン岡本京子は、宝塚音楽学校の生徒。彼女は実在の人物だったのでしょうか? あるいは特定のモデルが存在した? その後の京子はいったいどうなったのでしょう!?  漫画「紙の砦」とNHKドラマ『手塚治虫の戦争』にみる、京子について考察します!

「紙の砦」の京子とは? 実在したの?

「紙の砦」とは昭和49年、週刊少年キング9月30日号で発表された手塚治虫の半自伝的短編漫画です。

別の短編「ゴッドファーザーの息子」とともに、NHKドラマ『手塚治虫の戦争』の原作にもなりました。

「紙の砦」は、戦時下の大阪でこっそりマンガを描き続けていた大寒鉄郎(おおさむてつろう)が、中津駅で偶然岡本京子に出会うところから始まります。

鉄郎が手塚治虫自身であることはすぐにわかりますから、多くの読者はヒロインである京子も実在の人物なのではないかと想像しているようですね。

私もはじめは、これって誰だろう、手塚治虫の彼女だった人? なんて期待をふくらませちゃいました。

ですが残念ながら京子は実在していたわけではない、ということになっているようです。

作中の京子はオペラ歌手になるという夢を持っている、宝塚音楽学校の生徒。

平和な世の中でさえあれば、それが容易に想像できるほど京子は美しく、キラキラした笑顔も希望に満ちていました。

でも戦争によって京子は学校に通えなくなり、軍需工場の倉庫係として駆り出されます。ついには空襲の爆撃で顔にひどい火傷を負って、夢が一瞬で壊されてしまう……本当につらいことですよね。

ドラマでは野内まるさんが京子役を演じていましたが、原作以上にその存在が大きく描かれていたように感じました。

漫画とドラマの描かれ方の違いについては後ほどみていきますが、そもそもなぜ手塚治虫はこの京子を自伝的作品のヒロインとして登場させたのでしょうか?

 

「紙の砦」の京子にモデルはいるの?

京子が実在ではなく、創作された人物だとしたら、そこにはなにか特別な意図があるのかもしれません。

たとえばモデルになった人がいたとか? けれど、特定のモデルがいたという事実は確認できませんでした。またまた残念。

それでもいろいろ調べていくと、興味深いことが見つかりました。キーワードはズバリ、「宝塚」!

手塚治虫は5歳から24歳までを現在の兵庫県宝塚市で過ごしているんですね。約20年間ですよ、これは長い。

お隣の家には当時のトップスターである天津乙女・雲野かよ子・池邉鶴子姉妹が住んでいたし、子供のときから母親の文子さんと一緒に宝塚少女歌劇団に何度も通い、初恋の相手まで歌劇団の生徒さんだったとか。

これはもう、手塚治虫の青年期の半分は宝塚でできていた、といっても過言ではないほどですよね。

しかも、のちのインタビューで「月丘夢路のファンだった」と語っていることから、京子のモデルは元宝塚歌劇団娘役の女優である彼女ではないのか、という根強い噂まであるのだとか。

じっさい手塚治虫は月丘夢路の主演映画『新雪』(1942年)を、なんと20回以上も観たそうです。

私も月丘夢路の写真を見てみたところ、漫画版京子のおもかげがあるような、ないような……そしてドラマ版京子である野内まるさんが宝塚メイクをしたところを想像すると、あれれ? 今度は月丘夢路に似ている、かも……?

もう、美の無限ループ的な。なにせ三人とも美人ですからね。真相はあくまでも謎の中です。

もし京子にモデルがいるとしても、それは特定の誰かではないのかもしれません。

幼いころから手塚治虫の中に蓄積されてきた「宝塚の少女たちの記憶」が、京子というひとりの人物に結晶したとは考えられないでしょうか?

 

「紙の砦」の京子の存在感は漫画とNHKドラマでどう違う?

冒頭でも触れましたが、ドラマを視聴してみると、漫画よりも京子の存在感を大きくくっきりと感じることができました。

でもそれは京子のセリフが増えたから、というわけではないんです。

まず印象に残ったのは昭和20年3月、軍需工場の中庭で京子が躍るシーン。

いまにも折れそうなやぐらに登り、敵機の見張りをさせられていた鉄郎少年に披露するように、微笑みながら軽やかに踊ります。

これは原作にはないシーンで、京子の夢そのものでした。鉄郎も見張りを忘れて微笑み返したほど、美しい光をまとった舞いでした。

直後に爆撃を受けることと考えあわせれば、彼女の踊りは戦争によって奪われる美や芸術、そして若者たちの夢の象徴だったのだと思います。

ドラマの映像は京子のしなやかな身体を使って、一瞬のちには消えてしまう希望を表現していたように見えました。

微笑みあっていればすぐに恋愛感情を連想してしまいがちですが、ちょっと反省。ふたりはつかの間、もっとずっと深いところでつながっていたのかもしれませんね。

そして、もうひとつ忘れられないのが同じ年の8月に終戦を迎えた、ラストシーンです。

ふたりは町の明かりを目にし、戦争が終わったことを実感します。鉄郎は、これからは思いきりマンガがかけると大喜びして、「京子ちゃん、きみも……」と促しかけ、そのまま言葉を失ってしまうのでした。

京子は爆撃で顔の左半分にひどい火傷を負い、包帯で頭をぐるぐる巻きにされているのですが、漫画ではかろうじて覗いている右目にキラリと涙を光らせるところで終わります。

ところがドラマでは少し変更がありました。京子ははっきりと首を振り、泣き笑いの表情を浮かべるんです。

涙と拒絶。この違いは京子のその後を想像するのに、大きな要素のひとつとなるかもしれないですね。

躍る京子とラストの京子、いずれのシーンにもセリフはありません。

野内まるさんの演技は秀逸で、セリフなしだからこそ伝わってくる強く激しいものに、私たちは何度でも考えさせられてしまうのでしょう。

 

「紙の砦」の京子はその後どうなった?

こぼれてしまう涙と、自分から示す抵抗と拒絶――。

漫画とドラマのラストシーンに違いはありましたが、では京子はその後どうなったのでしょう?

ドラマにはこれといった説明はありませんでした。漫画のラストではナレーションによって、京子はその後「ゆくえがわからなくなりました」と語られます。

京子は、もう舞台には立てなかったでしょうね。ドラマでは、特殊メイクによる火傷の痛々しい状態が伝わってきました。ここまでリアルに見せるんだ、とかなり怖かったです。

私なら、オペラ歌手になるという大きな夢を語ってしまった鉄郎のそばには、とりわけつらくていられないだろうと思いました。

彼女は両親も空襲で失ってしまったし、遠い親戚を頼ったりしてどこか遠くへ行ってしまったのかもしれませんね。

それでも、京子とは対照的に夢をかなえた鉄郎のかくマンガの女の子には、京子のおもかげがちゃんと残っているのです。

夢を奪われた京子を、自分の夢だったマンガの中にいつまでも抱えてゆく――。

声高に「戦争反対!」と叫ぶのではなく、淡々と描き続けることこそ『手塚治虫の戦争』だったのではないでしょうか。

ゆくえがわからなくなったままでも、京子は今も手塚作品のそこかしこで、静かに生き続けているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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