『漁港の肉子ちゃん』は、明るくてお人よしな肉子ちゃんと、娘のキクりんが漁港の町で暮らす物語です。
肉子ちゃんを「気持ち悪い」と感じる人がいるかたわら、作中では生理にまつわる描写が何度も登場し、ラストもキクりんの初潮で幕を閉じます。
これらの描写には、どんな意味があるのでしょうか?
ここでは原作のあらすじを追いながら、肉子ちゃんという人物や生理の意味、そして作品がなにを伝えようとしているのかを読み解きます。
肉子ちゃんはどんな人? なぜ漁港にやって来た?
肉子ちゃんの本名は見須子菊子(みすじきくこ)。
2011年に西加奈子が発表した小説『漁港の肉子ちゃん』の主人公です。
のちにこの作品に惚れ込んだ明石家さんまが企画・プロデュースしたアニメ映画が、2021年に公開、漫画化もされています。
特定の漁港が舞台というわけではないのですが、西加奈子がかつて石巻・女川を訪問した時に着想を得たそうです。
三陸あたり、とイメージするとわかりやすいかもしれませんね。
肉子ちゃんはまあるく太っていて、明るく、人を疑いません。38歳で、小学生の娘のキクりんとふたり暮らし。
惚れっぽくて、すぐ騙されてはお金も失いますが、それでもまた好きになっちゃう。
逃げた男を追ってあちこちを転々とし、やがて数年前、小さなキクりんとともに北の漁港に流れ着いたのでした。
肉子ちゃんは「うをがし」という焼き肉屋で働き、店主のサッサンの好意で裏の平屋に格安で住まわせてもらっています。
映画版では船で暮らしていますが、そっちもなかなか楽しそうですね。ただ、キクりんは小学生なので、住所とかどうなってるのか少し気になりました。
さて、そんな働き者の肉子ちゃんですが、ときどき読者や視聴者から「気持ち悪い」と思われてしまっているようなんです。どうして?
私が思うに、理由のひとつは肉子ちゃんの言動のせいではないかと。とくに気になるのが、
「子供に罪はない。目に非と書いて罪と読むのやから!」
「谷が欠けると書いて、欲と読むのやから!」
などの、元気いっぱいな謎発言です。わけがわかりません。
でも物語が進むにつれ、そんな彼女の明るさと懐の深さが、キクりんを丸ごと受け入れる力になっているのだなあ、と知ることになるんです。
肉子ちゃんとは本当の親子? キクりんの出生の秘密とは?
お世辞にも美人とはいえない肉子ちゃんに、キクりんはまったく似ていません。可愛くて、学校でも人気者です。
それもそのはず、キクりんは肉子ちゃんの本当の子ではありません。以前風俗店で働いていたときの美しい同僚・みうの産んだ子供でした。
みうは不特定多数のお客さんと関係を持っても、いつもちゃんと生理かせくることから、自分は妊娠しない身体だと思っていたのですが、あるときとうとう生理が止まってしまったんです。
父親が誰かはわかりません。
みうは赤ちゃんを生んだのち、怖くなって失踪してしまいました。それでも肉子ちゃんは怒りもせず、キクりんを自分の手で育てることにしたのです。
肉子ちゃん、いくらなんでもお人好しすぎない?
肉子ちゃんとキクりんはどう見ても訳アリですし、漁港の人たちもうすうすそれに気づいています。
でも、物語はとても温かい。
サッサンは毎晩キクりんのためにおいしい肉料理を作り、漁師のゼンジさんはとびきり新鮮な刺身を差し入れたり、ときには船に乗せてくれたりして、本当の家族のように接してくれるのです。
こんな人たちに囲まれて笑い合い、助け合って生きられたら幸せですよね。
血のつながりってなんだろう、どれほどのことなんだろう、という疑問がわいてきました。
「誰から生まれたか」と「誰に愛されて育ったか」は同じ問いではないのだと思います。
『漁港の肉子ちゃん』ではなぜ生理が繰り返し描かれる?
キクりんはキクりんで、自分のお母さんが肉子ちゃんでないことをほぼ確信していました。
ぜんぜん似ていないし、あろうことか家に飾ってある写真立てのなかでは、若き日の肉子ちゃんの隣で自分そっくりの女性が微笑んでいるのですから。
頭のいい彼女が「4歳くらいのときから知ってた」と言うくらい、明々白々の事実ですよね。
肉子ちゃん、痛恨のミス。
それゆえ、キクりんには肉子ちゃんや周囲への気遣いがありました。実子でないのに育ててもらっているのだから迷惑をかけないように、ひたすら子供らしさをおさえつける日々……。
子供の遠慮って、本当に胸が痛くなりますよね。
ある日、クリスマスプレゼントと称してサッサンが店のみんなに希少部位であるミスジの焼き肉をふるまってくれます。
キクりんもおいしく食べたのですが、翌朝ものすごい腹痛に襲われ、意識を失ってしまいます。
忙しい肉子ちゃんの足をひっぱりたくない。もし食中毒だったら「うをがし」に迷惑をかけることになるし―――。
我慢に我慢を重ねたキクりんが目覚めたのは、病院のベッドの上でした。見守ってくれていたのは、サッサン。
キクりんは盲腸で、寝ている間に無事手術はすんだものの、もうちょっとで腹膜炎を起こすところでした。サッサンは、なぜ我慢したんだと問います。
「私、望まれて生まれたんじゃないから―――」
キクりんのこのセリフで一気に時が戻り、私はみうの出産シーンを思い出しました。
肉子ちゃんとみうが暮らす狭いアパートで、病院の手も借りずに、血にまみれて生まれてきたキクりん。生々しい誕生シーンでした。
生理は伏線としても描かれていたのかもしれせんね。
サッサンはちょっと厳しい表情で応えます。
「迷惑かけたって大丈夫ら―――俺はおめぇに遠慮なんてしねぇ。他人じゃねんだ、分かっか、キク―――血が繋がってねえからって、家族になれねわけじゃね。俺は、おめを家族としてちゃんと怒る」
すごいセリフですよね。きっとずっとキクりんをよく観察していたんでしょうね。そして強く続けます。
「おめさんは、望まれて生まれてきたんだ」
血は受け継がれて家族になるけれど、血がつながっていなくても家族でいていいんだ。
キクりんはベッドの上で、そう感じたのかもしれません。
『漁港の肉子ちゃん』は何が言いたい? 「おめでとう」の意味は?
この物語は、退院したキクりんが初潮をむかえるところで終わります。
え、また血? と思ったのは私だけではないと思いますが、それにしてもこのラストの血が、キクりんの成長だけを意味しているとは考えられませんでした。
初潮を知った肉子ちゃんは「おめでとう」と静かに祝福します。
いつもの彼女なら「おめでとうっっっ!!!」ですよね。なのに感嘆符の「!」がないんですよ。
肉子ちゃんは騙されたり裏切られてばかりで、賢い人ではないかもしれません。でも、本当に大切なことは深いところで理解しているのだと思います。
血のつながりは家族になるための必須条件ではない。
それでも血は私たちを巡るもの。巡ってつながるもの。
だからキクりんに起きた命の変化を、そのまま受け入れて祝福した、肉子ちゃんだからこそ言える「おめでとう」だったのではないでしょうか。
作者の西加奈子はこの作品について、「私の理想の世界を描きました」と語っています。
それは、こんな風に血縁を越えて、人が人を受け入れていく世界なのかもしれませんね。
キクりんもきっと、きれいごとだけではすまないこの世界を、肉子ちゃんのようにがっしりたくましく受け止められる大人に成長してゆくことでしょう。

コメント